僕はもっぱらJAZZの人であるけれど、
ヘビーメタルと演歌とストリート系を除けば、けっこう何でも聴いている。
友人の漫画家のところでお手伝いをするときは
家の棚から一掴みでCDを持参してかけるけれど、
ジャンルが見事にばらけているのを珍しがられたりする。
というかJAZZが聴きなれない人にとっては
難解とか退屈な音楽になってしまうのは、
社長をやっているときに事務所でJAZZを流していて、大不評だったので痛感しており
(工場でNACK5とか泥臭い局は平気で聴いてるのにJAZZはダメみたい)
自重しているのはある。
前述したように演歌を除けば日本の歌謡曲やPOPSは
ラジオなどでかかる限りは耳にしている。
ただロックと称して、旋律がベタベタの演歌・歌謡曲のそれだったりするのは
洋食のつもりが食べたらヌカ味噌臭いような感じで気持ち悪い。
最初からヌカ漬けですって言えばいいのに。
なんかそういう中途半端なアカヌケナイ、格好だけの曲とか、
印象的な旋律を単に反復するだけで展開しなかったり、
節回しがジャンルとして定型化したような保守的なのはダメかな。
高校のクラスメートで今はJAZZミュージシャン・コンポーザーの
松井秋彦とやりとりしたりすると、
音楽で食べていくのは本当に大変なことだと思い知る。
彼はアメリカの名門・バークリー音楽院在学中から色々な賞もとってきた人だけれど、
学芸会と化したタレント歌手のお遊戯と保守性が市場に支配的で
かつ利権と怠惰に満ちたシステムに閉塞した日本の音楽業界には、随分と胸を痛めている。
以前に聞いた音楽で純粋に生計を立てている人口は、たった数千に過ぎず、
まぁ余程、漫画やグラフィックな業界の方が門戸が広い。
それほど厳しい世界なんだと思う。
漫画や音楽は贅沢産業に見られることがある。
生活が厳しく、経済が低迷するときに、それはさほど必要ではない。
だから今の時代は厳しいのだと。
でもそうなのかな。
僕は苦しい時悲しい時や、とりとめのない作業をするとき鼻歌をよく唄う。
黒人音楽と呼ばれるものの多くが、奴隷時代のワークソング(労働歌)が起源になっている。
また物語も商業ベースとは関係なく、人の歴史とともに編まれ、
人の心に求められ今に到っている。
音楽やお話は苦しいときこそ多分必要なものなんだと思う。
長くいとおしまれ人生の伴侶たるものになりえるんだと思う。