映ったNHK教育にサヘル=ローズが出ていた。
彼女を知ったのはJ-WAVEの朝の番組で中継レポーターとして
流暢な日本語と綺麗な声で、しかも元気いっぱいに情報を伝えている頃で、
容姿は随分あとになってから見ることになった。
ガンダムのシャアが大好きとか公言するキャラで売ってはいるけれど、
ラジオ番組の改編で彼女の降板も近くなった頃だった。
彼女は母国イランでの戦争で全滅した村のたった一人の生き残りであることを
いつもとは違う厳かな口調で語った。
それを話したのはレポートのテーマが戦争を扱うものであったからで、
その企画がどんな趣旨に基づくものかは知らないけれど、
彼女自身の体験は意図するものではないし、
以来、彼女の明るい言動に触れる機会があっても、
その奥に抱えた悲しみを意識して見る様になった。
僕の点けたNHKの番組は「Q~わたしの思考探究」
という番組らしく、その日のテーマは「なぜ戦争はなくならないのか」。
前半は見逃しているので、前振りや脈絡は見えないけれど、
サヘルと、国連で紛争処理を務めた伊勢崎賢治・東京外語大教授との対話から、
戦争へと人を突き動かすもの、心の定理みたいなものが
ドロリと感じられてとても印象深かった。
戦争についてNHKでは別枠の特番「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」で
その外骨格みたいなものに触れているけれど、
人の心の側面から蝕むその視点として番組が相補している感じがする。
番組中、とりわけ心に残ったのは問いかけるように向けられる10のセンテンス。
①われわれは戦争をしたくはない
②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ
③敵の指導者は悪魔のような人間だ
④われわれは領土や覇権のためでなく、偉大な使命のために戦う
⑤われわれは誤って犠牲を出すことがある、だが敵はわざと残虐な行為に及んでいる
⑥われわれの大義は神聖なものである
⑦敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
⑨われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
⑩この正義に疑問を投げかける者は、裏切り者かスパイである
順序だって、時に甘く、時に強く語りかけてくる言葉は
第一次世界大戦でイギリスが行った国策のプロパガンダを
同じイギリスの政治家アーサー=ポンソンビーが分析・集約したもの。
「戦争遂行のためのプロパガンダ」と呼ばれる。
歴史学者によって後の戦争も扮装もこれに符合することが指摘されている。
戦争体験から強い恐怖と嫌悪を抱くサヘルでさえ、
心を揺るがす言葉が散りばめられていることからも、
その気持ちの悪い強さに恐れを抱く。
僕は同質の気持ちの悪さをこの数年ずっと感じていた。
それも特にこの1年程度の間には強まっている。
別に戦争とか右傾化とかを意識しているのではない。
そういう外骨格ではなくて、心の問題。
例えば「牛の口蹄疫対策」「領土問題」「都青少年健全育成条例改正」など
政権や都政などへの私怨に転化されたがのごとき批判と相まって、
突き動かされていく感情の昂ぶりと言動の数々だ。
そのどれもがこの10の短い言葉に重なってくる。
それらの言葉や行動に疑問や異議を唱えようものなら、
カチンときた、気に入らない奴、裏切り者、卑怯者と誹られる様を本当に多く見てきた。
正義と信じるものが強く一つに念ぜられることの恐ろしさ。
狂気と背中合わせのその構図。
情報の信憑性への最低限の確認すらせぬまま
自分の都合の良いネタだけを吹聴し、友人知人を煽動し、利用する。
誤りや疑問があっても認めず、また訂正も行わない。
「目的のために手段を選ばない」その姿は
悪の秘密結社の世界制服とどこが違うのか。
「ダイヤモンドアイ」で前世魔人が発した「これが悪の正義なのだ!」
という言葉が子供の頃から僕の頭の中に廻り続けているけれど、
まさにこれと重なる。
善意が悪になる瞬間だ。
なんとおぞましく、気持ちの悪いことか。
人はこの気持ちの悪さへの解答を、とうに有していながら、
でも忘れる、でも動かされるのだ。
かく言う僕も「都条例」の一件では正しいという感覚に支配されて
危険な立ち位置の視線を持ってしまった時期があった。
それは幸い、仲間の忠告で我にかえることができたけれど、
自戒をこめてここに書いておこうと思う。
自分を疑うことを忘れてはいけない。
この番組の再放送は
明日、1月22日午前10:30~11:00、NHK教育にてあるで、興味があればどうぞ。
③敵の指導者は悪魔のような人間だ
④われわれは領土や覇権のためでなく、偉大な使命のために戦う
⑤われわれは誤って犠牲を出すことがある、だが敵はわざと残虐な行為に及んでいる
⑥われわれの大義は神聖なものである
⑦敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
⑨われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
⑩この正義に疑問を投げかける者は、裏切り者かスパイである
順序だって、時に甘く、時に強く語りかけてくる言葉は
第一次世界大戦でイギリスが行った国策のプロパガンダを
同じイギリスの政治家アーサー=ポンソンビーが分析・集約したもの。
「戦争遂行のためのプロパガンダ」と呼ばれる。
歴史学者によって後の戦争も扮装もこれに符合することが指摘されている。
戦争体験から強い恐怖と嫌悪を抱くサヘルでさえ、
心を揺るがす言葉が散りばめられていることからも、
その気持ちの悪い強さに恐れを抱く。
僕は同質の気持ちの悪さをこの数年ずっと感じていた。
それも特にこの1年程度の間には強まっている。
別に戦争とか右傾化とかを意識しているのではない。
そういう外骨格ではなくて、心の問題。
例えば「牛の口蹄疫対策」「領土問題」「都青少年健全育成条例改正」など
政権や都政などへの私怨に転化されたがのごとき批判と相まって、
突き動かされていく感情の昂ぶりと言動の数々だ。
そのどれもがこの10の短い言葉に重なってくる。
それらの言葉や行動に疑問や異議を唱えようものなら、
カチンときた、気に入らない奴、裏切り者、卑怯者と誹られる様を本当に多く見てきた。
正義と信じるものが強く一つに念ぜられることの恐ろしさ。
狂気と背中合わせのその構図。
情報の信憑性への最低限の確認すらせぬまま
自分の都合の良いネタだけを吹聴し、友人知人を煽動し、利用する。
誤りや疑問があっても認めず、また訂正も行わない。
「目的のために手段を選ばない」その姿は
悪の秘密結社の世界制服とどこが違うのか。
「ダイヤモンドアイ」で前世魔人が発した「これが悪の正義なのだ!」
という言葉が子供の頃から僕の頭の中に廻り続けているけれど、
まさにこれと重なる。
善意が悪になる瞬間だ。
なんとおぞましく、気持ちの悪いことか。
人はこの気持ちの悪さへの解答を、とうに有していながら、
でも忘れる、でも動かされるのだ。
かく言う僕も「都条例」の一件では正しいという感覚に支配されて
危険な立ち位置の視線を持ってしまった時期があった。
それは幸い、仲間の忠告で我にかえることができたけれど、
自戒をこめてここに書いておこうと思う。
自分を疑うことを忘れてはいけない。
この番組の再放送は
明日、1月22日午前10:30~11:00、NHK教育にてあるで、興味があればどうぞ。
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